大井町慕情
昔、品川の大井町に住んでいた。
20代のほとんどをすごした街だ。
その頃、親とは、断絶し、ひとり暮らしをしていた。
いつも不安、孤独、焦燥があった。
そんなときの唯一の慰めは、カレーを食べることだった。
そこは、5、6人が入るといっぱいになる古びた立ち食いの店だった。
そのカレーが大好物で、暇があるとひとりでよく食べにいった。
大井町にりんかい線が開通する前のことだ。
この前7,8年ぶりに、大井町に立ち寄った。
懐かしいカレーが食べたくなり店を探した。
店は、変わっていない。
カウンターでカレーの「中」を注文する。
店の主人は、昔と変わっていない。
ややふっくらしたようだが、てきぱきとカレーを盛る。
もちろんサラダもオーダーする。
昔と変わらず、100円だ。
スプーンを入れ、口に運ぶ。
夢にまで見た懐かしいカレーの味がよみがえる。
同時につらかった20代の記憶もよみがえる。
「中」といっても相変わらずの大盛。
夢中になって食べた。
最後に代金を払う。
私 「10年ぶり食べたよ。」
主人 「えっ」と聞き返す。
私 「りんかい線ができる前・・・」
そういっておつりをもらい店を出ようとした。
すると店の主人が、外に出てきて呼び止めた。
「お客さ〜ん、大井町もすいぶん変わったでしょ!」
私は笑顔で答える。
でも心の中でつぶやいたんだ。
「カレーの味は、変わってないよ・・・」